ショーシャンクの空に「アレングリーンを偲んで」の意味!
- 2022.05.20
- 映画
- ショーシャンクの空に
1994年に公開されてから、今なお多くの人々に愛されている感動大作映画【ショーシャンクの空に】
今回は、その「ショーシャンクの空に」の物語の最後に流れた「IN MEMORY OF ALLEN GREENE」(アレングリーンを偲んで)との言葉の謎。
「アレングリーンを偲んで」は、感動の最後に唐突に大きく表示された不思議な言葉です。
これについて海外の情報まで考慮しながら、「アレングリーンを偲んで」の言葉の意図や、アレングリーンがどのような人物であったかをご紹介していくので参考にしてください。
【アレングリーンとはどんな人物か?】
アレングリーンが誰かについては、放映当初より多くの人物から不思議に思われていました。
物語の俳優や原作キャラクターとしては登場しておらず、エンディングクレジット画面にも名前が記されていなかったため、映画製作者でもありません。
そのことでアレングリーンの名前は、作品を見た多くの人々からいくつもの憶測が流れていました。
そのアレングリーンの正体は、「ショーシャンクの空に」の脚本と監督を務めたフランク・ダラボンの古くからの友人です。
またアレングリーンは、代理人(エージェント)という形で映画制作にも参加しており、クレジットに名前こそ載っていないものの作品に大きく関わっています。
代理人とは、本人に代わってさまざまな契約や取引を行う役割を持つ役割だとされています。
つまりアレングリーンは、「ショーシャンクの空に」登場こそしないものの、監督のフランク・ダラボンの友人としてさらに対外的な交渉役として映画制作を支えてきた、縁の下の力持ち的な人物だったのでしょう。
【ショーシャンクの空に「アレングリーンを偲んで」の意味】
参照元URL https://twitter.com/
そのアレングリーンが、「アレングリーンを偲んで」という形で物語の最後に記されたのは、なぜなのでしょうか?
それはまずアレングリーンが、映画の完成を待たずにHIVの合併症で亡くなったからだとされています。
さらに映画制作中にはアレングリーンは、すでに病気で苦しんでいたそうです。
その中アレングリーンは、代理人として「ショーシャンクの空に」の権利獲得や予算関係において貢献したとされています。
そのためアレングリーンは、フランク・ダラボンのサポート役として「ショーシャンクの空に」の制作に大きく関わり、映画の完成に欠かせない大事な役割をしたのでしょう。
つまりアレングリーンの「アレングリーンを偲んで」という言葉は、アレングリーンの映画への大きな貢献と惜しまれる死への追悼として載せられたのです。
【アレングリーンとフランクダラボンの関係性】
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そのアレングリーンは、フランク・ダラボン(上記画像)と古くからの映画仲間だったとされています。
80年代には低予算の映画を一緒に撮影しており、アレングリーンはその中でセットドレッサーと呼ばれるデザイナー系の仕事をしていたそうです。
さらにその後は、フランク・ダラボンの初となる代理人も務めていました。
つまり、アレングリーンはフランク・ダラボンの大切な映画仲間であると共に、代理人としてフランク・ダラボンのさまざまなサポートをした人物だと考えられます。
また「ショーシャンクの空に」は、フランク・ダラボンの代表的作品であると同時に、大きなプロジェクトとしては初の監督作品です。
それに対してアレングリーンは病魔に悩まされながら、最後までフランク・ダラボンを支えた重要な人物だったのでしょう。
またフランク・ダラボンは、「ショーシャンクの空に」以降にも数々の作品に携わり、もう一つの代表作「グリーンマイル」の監督を務めたほか、いくつものシリーズが続いている「ウォーキング・デッド」の企画や制作総指揮も行っています。
もしアレングリーンが生きていたら、フランク・ダラボンのサポート役として活躍して、それらの作品にも大きな影響を与えたかもしれませんね。
今回は、「ショーシャンクの空に」の物語最後に記された「アレングリーンを偲んで」という言葉の謎と、アレングリーンがどんな人物なのかを紹介していきました。
アレングリーンは、「ショーシャンクの空に」の監督フランク・ダラボンの親しい友人であると共に、一緒に映画を作ってきた大切な仲間。
また、「ショーシャンクの空に」の制作にも代理人として大きく貢献しており、最後は完成を待たずに病気で亡くなったことを惜しんで「アレングリーンを偲んで」と記されたのです。
このようにいくつもの深い経緯があった「アレングリーンを偲んで」の言葉。
この記事を読んで、そんな「アレングリーンを偲んで」についての疑問が解けたのなら幸いです。