ウマ娘のアニメに登場するナイスネイチャについて!どんなキャラなのか詳しくご紹介
アプリゲーム、アニメ、漫画とどの方面でも人気の高いウマ娘。
史実を元にしたストーリーは競馬ファンをも魅了する内容となっており、幅広い世代の注目の的となっています。
本日はそんなウマ娘のキャラクターの中で、アニメ第2期の主人公トウカイテイオーと共にレースを走ったナイスネイチャについてご紹介していきます。
【ウマ娘のアニメに登場するナイスネイチャとは?】
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参照元:https://twitter.com/
【登場アニメ】 | |
ウマ娘 プリティーダービー うまよん ウマ娘 プリティーダービー Season 2 | |
【誕生日】 | 【学年/寮】 |
4月16日 | 中等部/栗東寮 |
【身長】 | 【体重】 |
157cm | 増減なし |
【スリーサイズ】 | 【声優】 |
B79/W56/H80 | 前田佳織里 |
ナイスネイチャはトレセン学園に通うウマ娘で、トウカイテイオーとツインターボと同じクラスに所属しています。
外見はくせっ毛の赤茶色の髪を、ツインテールにしており、両耳には赤いイヤーカバーを付けており、右耳のみ緑のリボンをつけています。
アニメ版でのチームは「カノープス」に所属しており、初期メンバーのためチームのリーダーでもあります。
アニメ第2期ではチーム「カノープス」の活躍も描かれるため、ほぼ全話で登場します。
ここからはナイスネイチャのキャラクターについてご紹介していきます。
【カノープス1の常識人】
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ナイスネイチャの一人称は「アタシ」で、若干卑屈で自尊心が低い所があるものの、いつも落ち着いており面倒見がいい性格をしており、言わばお姉さんタイプのウマ娘です。
チーム「カノープス」のメンバーには、ちょっとお馬鹿で暴走気味なツインターボ、お堅いキャラのイクノダィクタス、ドジっ子のマチカネタンホイザ達がいるということもあって、ナイスネイチャが1番普通のウマ娘のようにみえ常識人と言われています。
トウカイテイオーの他チーム偵察資料で「カノープス1の常識人」とメモされています。
そんなナイスネイチャですが、前述したとおり、卑屈な一面を多々見せることがあります。
例えば、ダービーにでるトウカイテイオーとの会話ではダービーは私には縁のない世界と言ったり、皐月賞の出走を私には無理かもしれないと言ったり、トウカイテイオーとメジロマックイーンの二人をキラキラウマ娘と言ったりするシーンがありました。
あまりにも周りのウマ娘のレベルが高いので、自身を無くしたのか、ナイスネイチャ自身の自己評価は高くないといった具合です。
しかし、物語が進むにつれて、チームメイトやトウカイテイオーとのレースを経て、卑屈な物言いは減っていきます。
【第1期との違い】
今回の記事ではアニメ第2期を中心に取り上げるのですが、ナイスネイチャは実はアニメ第1期から登場しています。
初登場は6話のファン感謝祭時にエイシンフラッシュと共にサイレンススズカに話しかけます。
第一声が「次の毎日王冠頑張ろう"ぜ"」と男口調寄りになっています。
アニメ2期では面倒見のいいお姉さんポジションだったので、改めて第1期のナイスネイチャを見ると違和感を感じます。
【数々のレースをこなす】
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ナイスネイチャは登場するウマ娘の中でもレースシーンが多い方です。
アニメ第1期でも毎日王冠と天皇賞(秋)の2度レースシーンがあり、第2期では序盤に足をケガしているものの回復後は、4連勝(アニメでは言及のみでシーンなし)しており、菊花賞に出走して4着となります。
その後もメジロマックイーンまさかの2着の有馬記念に3着、メジロパーマー大逃げ勝利の大阪大賞典に3着、メジロマックイーン復帰戦勝利の産経大阪杯に2着、トウカイテイオーの復帰レースの有馬記念で3着と、メインでは描かれないものの回想も含め多くのレースに出走しています。
本人の言う通り惜しいところまでは行くのですが、なかなか勝利に手が届きません。
走りに関しては序盤は中団で走り、終盤で仕掛けて直線で前へ前へ行くレース運びが多いです。
【オープニングのレースシーン】
第2期のオープニングではチーム「カノープス」メンバーのレースシーンが順に流れます。
リーダーでもあるナイスネイチャは、メンバーの中で1番最初に登場し、サビに入る盛り上がるところがレースシーンです。
最後の直線に入る最終コーナーで外から前のウマ娘を交わし、先頭に立つシーンで、後方にはウイニングチケットが走っています。
こちらのレースは1994年当時の高松宮杯でナイスネイチャが優勝した史実のレースが元になっています。
【ブロンズコレクター】
3度目の有馬記念では2年連続で3着をとったことで「ブロンズコレクター」と称されています。
そして、有馬記念にはナイスネイチャの他に、ケガから復帰したトウカイテイオーと菊花賞で圧勝したビワハヤヒデが出走していました。
最後の直線ではトウカイテイオーとビワハヤヒデが競り合い、ナイスネイチャはなんとかそれに食らいつく形で再び3着のなりました。
結局「ブロンズコレクター」の名は返上できませんでしたが、3度目の有馬記念ウイニングライブということもあってか、ナイスネイチャの素敵なパフォーマンスを見ることができます。
トウカイテイオーやビワハヤヒデに負けない可愛らしさとアドリブの投げキッスで観客は大いに盛り上がりました。
【ケガを乗り越える】
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ナイスネイチャはトウカイテイオーと仲が良く、一緒にランチをするシーンなどがあります。
アニメ第2期はトウカイテイオーとメジロマックイーンのライバル同士の成長物語が主軸として描かれています。
しかし、ナイスネイチャとトウカイテイオーもお互いが心を動かし合い、支え合う存在となっています。
1話ではダービーに挑戦するトウカイテイオーを見て、ナイスネイチャはケガもした自分には縁のない世界で、活躍するトウカイテイオーに対して引き目を感じています。
しかし、ダービーのケガ後も菊花賞に果敢に挑戦しようとするトウカイテイオーをみて、ナイスネイチャは自分もケガを克服して走りたいと思うようになります。
そして、トウカイテイオーに「あんたに勝つのが夢だから」と宣言します。
しかし、菊花賞では、トウカイテイオーのケガの回復が間に合わず、トウカイテイオー不在のレースとなりました。
涙を流しながらレースを見守るトウカイテイオーは、「言わせない、言わせない、言わせない、言わせない。テイオーが出ていたらなんて、絶対に言わせない。」と必死で走るナイスネイチャや他のウマ娘を見ます。
「もし、トウカイテイオーが出走していたとしても自分の方が強い」と証明するため走るみんなの姿を見て、トウカイテイオーは再び頑張ることを誓います。
10話ではトウカイテイオーは3度目の骨折によりレースを引退することを決めます。
しかし、まだ一緒にレースに出たいと言うツインターボの思いにナイスネイチャも同調します。
そして、トウカイテイオーの引退ライブジャックを手助けし、諦めないことを証明し、見事大逃げで勝ったツインターボのレースを中継を流します。
このレースを見て、トウカイテイオーは諦めないことを思い出し、再び走ることを心に決めます。
11話ではナイスネイチャは復帰後のトウカイテイオーが走る姿が見たいと言い、自分の本音を話しだします。
勝利に手が届かず、ケガをしてしまったこと。
しかし、トウカイテイオーの逆境でも走ることをやめない姿を見て、自分も頑張らなきゃと1話で感じたことを話し、トウカイテイオーに「ありがとう」伝えます。
お互いケガで苦しみ、頑張るお互いの姿を見てきたからこそ二人とも再び走ることが出来たのですね。
【トウカイテイオーは親戚】
史実の話になりますが、血統が重要な競走馬の世界で同じ血が流れているということよくあります。
競走馬ナイスネイチャの父馬はナイスダンサーはトウカイテイオーの母馬トウカイナチュラルの父馬でもあります。
つなりナイスネイチャの父馬とトウカイテイオーの祖父馬が同じナイスダンサーという共通点があります。
【実際にいた名馬「ナイスネイチャ」】
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ナイスネイチャは実際のナイスネイチャという鹿毛の競走馬がモデルとなっています。
史実でのGⅠ勝利はないものの、競走馬として6年間健気に走るナイスネイチャは、多くの人々の心を掴み取りました。
ここからは競走馬ナイスネイチャについてご紹介していきます。
【デビュー後は安定した走り】
ナイスネイチャは1988年に北海道の渡辺牧場にて誕生します。
父馬ナイスダンサーは大種牡馬ノーザンダンサーの産駒であり、カナダの重賞を6勝、過去に最優秀3歳牡馬にも選ばれたことがあります。
母馬ウラカワミユキはチューリップ賞などのレースを3勝したことがあります。
名前の由来は「素晴らしい素質(Nice Nature)」からきています。
生まれてすぐは特徴のない馬でしたが、走る馬の血統ということもあり、将来を期待され、その後は見るだけで「いい馬」と印象を与える馬体へと成長していきます。
1990年3歳新馬戦でデビューします。
終盤に進路を塞がれながらスパートをかけるも、わずか届かず2着となりますが、次走は1着と初勝利します。
翌年1991年は福寿草特別で6着、トウカイテイオーも出走する若駒ステークスで3着となり、その後は骨膜炎を発症し春シーズンは休養となります。
そして復帰レースのなでしこ賞を2着、不知火特別、はづき賞、小倉記念と連勝を重ね、初の重賞を勝利します。
次走は菊花賞トライアルの京都新聞杯に出走します。
序盤は中団で走り、小倉記念の勝利から活躍を期待されます。
直線に入り先行の3頭が競り合う中、外からさしてナイスネイチャが勝利をあげます。
この勝利から初のG1菊花賞に期待を持たれ、さらには迎える菊花賞にトウカイテイオーは骨折のため不在となります。
スタート後は中団で走り、最後のコーナーは馬郡でまとまりますが、直線でスパートをかけるも先行に届かず4着となります。
その後の鳴尾記念は古馬を相手に走る中、半馬身差で勝利をあげます。
年末の有馬記念はメジロマックイーン大人気の中、ツインターボが逃げ、最後の直線でナイスネイチャは一番外からスパートをかけるも届かず、3着となります。
デビュー後2か月に骨膜炎で休養を強いられますが、ここまで12戦中6勝、2着2回、3着2回と安定した走りを見せます。
【ナイスネイチャと馬場厩務員】
馬を世話する人のことを厩務員(きゅうむいん)というのですが、ナイスネイチャには特別な関係の厩務員がいました。
若馬のナイスネイチャの性格は我が強く、言うことを聞かないためスタッフも手を焼いていました。
しかし、馬場厩務員は怒ることもなく恋人のように優しく接し続けた結果、ナイスネイチャは大人しくなり、馬場厩務員の言うことを聞くようになります。
ナイスネイチャも引き綱なしで後ろをついて歩いたりと馬場厩務員を信頼していました。
アプリでのナイスネイチャのストーリーに恋愛要素が多いのはこのためかもしれません。
普段から優しいと評判の馬場厩務員もナイスネイチャは特に大切にしており、レース前の1週間は1食15000円のマムシ粉末をナイスネイチャの餌にまぜていました。
しかも、馬場厩務員の自腹で与えていたそうです。
そして、ナイスネイチャがファンに人気の理由は、自身の走りだけではなく、馬場厩務員がナイスネイチャのファンとの交流は欠かさず、ファンからのプレゼントを馬房に飾ったり、競馬後にメンコやゼッケンをファンに配布していたりなど、馬場厩務員の尽力のおかげだと言っても過言ではないでしょう。
なかでも馬場厩務員のファンだからという理由で、ナイスネイチャを見に来た人もおり、馬場厩務員もまたたくさんのファンがついていたそうです。
【ブロンズコレクター】
夏からの8連戦のためか再び骨膜炎を発症し、翌年1992年の秋まで休養となります。
復帰となった毎日王冠は3着、天皇賞(秋)は4着、逃げ馬ダイタクヘリオスに惑わされマイルチャンピョンカップ3着、再び逃げ馬メジロパーマーに惑わされ有馬記念3着と勝利を飾れない年となりました。
その後の1993年も勝利に届かず惜しいレースが続きます。
そして10番人気で迎える3度目の有馬記念には1年ぶり復帰のトウカイテイオーが出走します。
スタート後は中団で走り、最後のコーナー前からスパートをかけますが、トウカイテイオーとビワハヤヒデに届かず3着となりました。
そして、ナイスネイチャは3年連続3着という記録を打ち立て、「ブロンズコレクター」と呼ばれるようになります。
早いが脆い競走馬の現役機関は平均2、3年という中で同じレースに3度も出走し、同じ順位で上位をとることは難しいためナイスネイチャの記録は当時話題となり、ファンが増えるようになります。
こうして、ナイスネイチャの松永調教師は、以前はファンにそっけない人柄でしたが、ナイスネイチャの大勝利こそないもの活躍する姿を好きになってくれるファンを大切にするようになりました。
【ブロンズコレクターは有馬記念だけではない】
3度の3着を有馬記念でとったナイスネイチャでしたが、3着は有馬記念だけではありません。
1991年初の有馬記念で3着になって以降、1992年は毎日王冠、マイルチャンピョンカップ、有馬記念、1993年は阪神大賞典、毎日王冠、有馬記念とその他でも3着となっています。
どれもG1とG2で他の有力馬が出走するなか上位は抑えているのでナイスネイチャの実力はわかりますが、もどかしい結果となっております。
【「ワイド」】
当時は三連単(1着、2着、3着の馬の順番を当てる)、三連複(1着、2着、3着の馬を当てる)、ワイド(1~3着までに入る2頭の馬を当てる)といった馬券はありませんでした。
その後、1999年にワイドが開始され、そのキャンペーンキャラクターにナイスネイチャが選出されました。
ナイスネイチャが活躍していた頃にそういった馬券があれば、また違った人気を見せていたかもしれません。
【2年7か月振りの勝利と惜しまれながらの引退】
翌年1994年も産経大阪杯で2着となるもなかなか勝利に届きません。
そして迎える高松宮杯。
現在はG1となり、高松宮記念と名称も変更されていますが、当時はGⅡ扱いでした。
そこにはダービー馬のウイニングチケットも出走していました。
スタート後は中団を走り、まとまった馬郡のまま直線に入り、ウイニングチケットが伸びない中、ナイスネイチャは外から前三頭を交わし勝利をあげました。
2年7か月の勝利に久しぶりの大きな声援をナイスネイチャは受けました。
その後は夏の休養を終え、天皇賞(秋)、ジャパンカップとG1レースに出走するも5着以降の結果が続きます。
4年連続の出走となった有馬記念は、ナイスネイチャは5着となりました。
翌年1995年は京都記念に出走し、2着となるものの左脚を骨折し休養となり、復帰後も振るわず、5年連続出走となった有馬記念は9着となりました。
そして1996年4度のレースを経て、6年連続の有馬記念を引退レースと決めます。
6年連続出走は史上初の快挙となるはずでした。
そんな時、レースに出走しても問題ない程度の小さなひび割れが右前脚の骨に発見されます。
松永調教師はナイスネイチャの前代未聞の記録を楽しみにしていたため回避は考えていませんでした。
しかし、馬場厩務員が万が一を考え回避することを涙ながらの訴え、松永調教師もそれに応じ、ナイスネイチャの有馬記念6年連続出走を見ることはできませんでした。
翌年1997年にナイスネイチャは北海道日高スタリオンステーションにて種牡馬入りし、産駒セイントネイチャーのみ中央競馬で3勝しています。
その後、2001年に種牡馬を引退し、故郷の渡辺牧場に帰ってきました。
本来なら、大好きな馬場厩務員と余生を過ごすはずでしたが、馬場厩務員は1998年に不慮の事故により41歳の若さでこの世を去っていました。
その馬場厩務員に見守られてか、ナイスネイチャは2021年現在33歳となり、渡辺牧場で余生を過ごしています。
【ナイスネイチャの実績】
ナイスネイチャはG1での勝利をあげることはできなかったもののG1出走数16回、重賞34回連続出走は当時の史上最多記録でした。
また、2021年現在は存命中のJRA重賞勝ち馬の牡馬最長寿記録を保持しています。
現在33歳は人間でいうと93歳ほどとなり、最長寿記録(40歳)を持つシャルロットも更新するかもしれません。
長寿は母親譲りのようで、母ウラカワミユキも36歳まで生きました。
また、2000年に行われた「20世紀の名馬大投票」では71位となり100位以内でG1未勝利馬はナイスネイチャ71位の他ステイゴールド34位、ツインターボ91位のみでした。
【ナイスネイチャバースデードネーション】
ナイスネイチャが29歳となった2017年の誕生日に引退馬協会が誕生日に合わせた寄付(バースデードネーション)を開始します。
寄付金は引退馬が余生を過ごすために必要な支援金として使用され、引退馬1頭あたりの当面必要な金額は100万円と設定されていました。
寄付金は1度目は約20万、2度目は約70万、3度目は約190万、4度目は180万と年々増額していき5度目となった2021年は目標を200万としますが、1日で目標を達成し、結果その10倍以上の3500万円を超える金額が寄付されました。
丁度2021年1月からウマ娘のアニメ第2期が放送され、2月からはウマ娘のアプリが配信しているため、その人気が後押ししたのでしょう。
勝利には届きませんでしたが、健気に走り今も強く生きるナイスネイチャは人の心を動かし続けています。
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アニメでは勝利したレースはほぼ描かれることがなかったナイスネイチャでしたが、史実ではもどかしい馬ながらも一生懸命走る姿は多くの人をファンにさせる不思議な魅力をもった競走馬でした。
ウマ娘ではそんな史実に名を遺す多くの競走馬が登場します。
アニメでは史実を細かく再現してはいますが、ワンシーズンでそのキャラクターのすべてを見ることはできせん。
ぜひ史実を知った上で、アニメを見たり、見返してみることをお勧めします。